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「誤発注に関する法律問題研究会」報告書(平成18年8月31日) 自主規制規則・協会員における顧客管理、内部管理等 | 日本証券業協会

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「誤発注に関する法律問題研究会」報告書

平成 18 年 8 月 31 日

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「誤発注に関する法律問題研究会」委員等名簿

平成18年8月現在 座長 川口 恭弘 同志社大学法学部教授

委員 石川 博康 学習院大学法学部助教授

佐賀 卓雄 日本証券経済研究所理事・主任研究員 福田 徹 日本証券経済研究所主任研究員 松尾 健一 同志社大学法学部専任講師 吉政 知広 名古屋大学法学部助教授

オブザーバー

石川 高弘 モルガンスタンレー証券法務部エグゼクティブディレクター 市本 博康 東京証券取引所株式部株式総務グループ統括リーダー 大橋 善晃 日本証券経済研究所専門調査員

城處 琢也 日本証券業協会法務部参事 雑賀 基夫 松井証券コンプライアンス室長 平田 公一 日本証券業協会常務執行役

細村 武弘 日本証券クリアリング機構リスク管理グループ総務企画担当課長 溝口 広人 野村證券法務部法務一課長

美濃口真琴 東京証券取引所総務部法務グループ・リーダー 油井 純雄 藍澤証券コンプライアンス本部副本部長

(敬称略・五十音順)

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目 次

はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 第一章 誤発注による約定の効果を否定する必要性(保護法益) ・・・・・・ 2 第二章 錯誤 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 第一節 証券取引における民法の錯誤規定の適用可能性 ・・・・・・・・・ 5 第二節 悪意の相手方に対する錯誤無効の主張 ・・・・・・・・・・・・・ 6 第三節 錯誤無効と第三者 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 第四節 錯誤と不法行為責任の関係 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7 第三章 取消し ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 第一節 取消しの対象となる取引の範囲 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 8 第二節 取消しの手続と取消権発動基準 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 第三節 取消しの効果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 第四節 取消しに関する条項を定める場所 ・・・・・・・・・・・・・・・ 12 第四章 損害賠償に関する諸問題 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 第一節 損害賠償請求の可能性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 第二節 責任排除・制限条項の規定 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 第三節 責任排除・制限条項の有効性 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 むすびに代えて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16

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はじめに

2005 年 12 月、ジェイコム株式に関する誤発注により、わが国の証券市場が大 混乱に陥ったことは記憶に新しい。この事件を契機として、誤発注防止策の検 討は、証券界にとって、焦眉の急の課題となった。

2006 年 3 月 15 日には、日本証券業協会に設置された「株式の注文管理・リス ク管理体制の整備に関するワーキンググループ」が「誤発注の再発防止に向け

た適切な受発注管理のあり方について(中間整理)」(以下、「WG中間報告」と

いう)を公表した。かかる議論を受けて、自主規制機関による取り組みが実施 された。

東京証券取引所は、上場株式総数の5パーセントを超える注文に対しては証 券会社に確認する体制を整え、さらに、上場株式総数の 30 パーセントを上回る

異常な注文を受け付けないシステムを整備した(「誤注文に係る体制の整備につ

いて」)。さらに、日本証券業協会も、誤発注防止ための社内規則制定、必要な

システム対応、適切な人員配置・研修の実施および社内ルールの検査・監督体 制の構築といった、協会員における注文管理体制の整備を図っている(理事会

決議「協会員における注文管理体制の整備について」)。

かかる取り組みにより、大規模な誤発注の発生の可能性は大幅に減少するも のと思われる。もっとも、上記のシステムのもとでも、システム障害や内部管 理体制の不備などにより、例外的に誤発注が生じる可能性は否定できない。そ のため、誤発注と認められる注文が約定された場合の取扱いにつき、論点を整 理し、内容を検討しておくことは有用な作業であると考えられる。本研究会で は、誤発注に基づき成立した約定の効果を否定する場面を想定し、実務を踏ま えて、法的諸問題の検討を行った。

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第一章 誤発注による約定の効果を否定する必要性(保護法益)

証券取引は投資家の自己責任を基礎に行われる。開示された情報を基礎に、 投資家がその判断に基づき、その責任において約定した取引の効果が安易に否

定されることは許されない。また、証券市場、なかでも取引所有価証券市場は、

集団的な取引の処理が要請される場であり、一部の取引の効果を否定すること は、他の取引に重大な影響を及ぼす。加えて、頻繁に売買がなされ、取引が瞬 時に連鎖する性質上、取引の効果を否定することは、取引の安全を著しく害す る結果となる。

以上のことから、基本的に、証券市場で約定された取引の効果が後になって 否定されることがあってはならない。誤発注による約定についても同様のこと が当てはまる。市場で成立した約定の効果を否定することは、以下に述べるよ うな市場機能への信頼性といった、上記の利益を上回る法益がある場合にのみ、 例外的に許容されるものと考えられる。

第一に考えられる保護法益は、決済制度の維持である。大規模な誤発注がな された場合、必要な決済が一時的に不能(いわゆるフェイル)になる事態が生 じる危険性がある。

買付けの誤発注の場合、誤発注者による金銭の支払いが不能となった場合に、 決済が滞る。売付けの誤発注の場合、誤発注者は決済のための有価証券の調達 が必要となる。かかる調達が不能の場合、決済が滞ることになる。このような 金銭や有価証券の調達不能が生じる場合に、一時的に決済機能の停止を招き、 証券市場の信頼性を著しく毀損することが懸念されている(WG中間報告Ⅳ2

(1)参照)。

この点に関して、まず、決済未了の状況が続くことをどのように評価するか が問題となる。誤発注者に決済に必要な金銭や有価証券の調達能力が備わって いれば上記の決済不能に陥らないことは言うまでもない。もっとも、本研究会 では、この点について、同一規模の誤発注であっても、誤発注者の調達能力に より、取引の効果に差が生じることは、効果が取消される相手方の保護の観点 からは説明がつかないとの意見があった。

さらに、売り誤発注において、現金での決済が可能であるのであれば、決済 自体は完了することができる。この点について、本来、有価証券を取得できた はずの投資者の利益が問題となる。しかし、約定の効果を否定した場合であっ ても、取引の相手方が有価証券を取得できないことには変わりはない点に留意 をする必要がある。本研究会では、決済未了の状況が長期に続くことが市場へ の信頼を損なうという意見が出された。これに対して、誤発注による約定の効 果を否定するに十分な保護法益にはなりにくいのではないかという意見もあっ

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た。

他方、決済不能の状態が継続し、最終的に誤発注者のデフォルトを招くこと となった場合の影響はさらに深刻である。このような事態が少なからず発生す れば、証券市場に対する信頼性を大きく損なうものになりかねない。

誤発注による約定の効果を、決済制度の維持に求める立場では、約定の効果 を否定する判断基準として、誤発注の規模といった市場への影響のみならず、 誤発注者の資金や証券などの調達能力といった個別の要素を考慮しなければな らないことになる。

第二に考えられる保護法益は、公正な価格形成の維持である(WG中間報告

Ⅳ2(3)参照)。

発注者の意図と明らかに異なる注文は、真摯な注文により形成される市場価 格に悪影響を与えるものとなる。これには、誤発注そのものにより価格が変動 するだけでなく、誤発注解消の動きに便乗した取引によって価格形成に歪みが 生じることも含まれる。たとえば、売り誤発注の場合、誤発注者は、決済のた めに当該有価証券を買い集める必要が生じ、これに乗じて、値段が吊り上げら

れる事態が発生する。後者の問題は、前述の決済に関連する問題であるものの、

類型的には、公正な価格形成の維持に関連するものと位置づけすることができ る。

公正な価格形成が、近代の証券市場の果たすべき重要な機能の一つであるこ とに異論はない。この点、証券取引法の保護法益とも整合的である。諸外国に おいても、誤発注の効果に何らかの制限を加える制度を有する国では、この点 を理由としているものが多い。もっとも、諸外国と異なり、わが国では、取引 所相場について値幅制限が存在し、異常な価格形成は無制限に拡大しないとい う事情がある点に留意が必要である。

保護法益として、公正な価格形成を重要視する場合、誤発注による約定の効

果を否定する基準は、当該発注の価格変動への影響を中心に判断すべきで、個々

の証券会社の事情を考慮することは適切でない。誤発注の量的規模は、価格変 動への影響を判断する重要な要素になる。それ以外でも、市場の状況などによ っては、規模の小さい誤発注であっても、価格形成に影響を及ぼす注文は想定 できるのではないかという意見があった。

なお、誤発注を行った証券会社は、自己で後処理をなすべきことが原則であ る。もっとも、証券会社が、その処理に耐えることができない事態も考えられ

る。特定の証券会社の破綻が市場の混乱を惹起させるかどうかが問題となる(W

G中間報告Ⅳ2(2)参照)。たとえば、銀行などの金融機関については、預金

者による取り付けが生じる可能性があることなどを理由に、公的支援が可能な システム設計がなされている。これと対比して、証券会社については、かかる

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観点からの連鎖破綻の問題は大きくないと考えられる。誤発注を行った証券会 社の破綻を問題とする場合でも、既述のように、決済不能の危険性と関連づけ て考慮することが適切である。

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第二章 錯誤

第一節 証券取引における民法の錯誤規定の適用可能性

取引所市場における売買は、匿名性・大量性などの点で通常の売買とは非常 に異なった性質を有している。しかし、これが売買として性質決定されるべき 契約であること自体は否定されず、またそれに関する民法上の規律が適用され ることに異論はない。

証券取引法 108 条によれば、「証券取引所は、その業務規程において、その開

設する取引所有価証券市場ごとに、当該取引所有価証券市場におけるつぎに掲

げる事項(会員証券取引所にあっては、第一号及び第二号を除く。)に関する細

則を定めなければならない。」とされ、有価証券の売買等の開始および終了なら

びに停止(5号)、有価証券の売買等の締結の方法(6号)、有価証券の売買等

の受渡しその他の決済方法(7号)、これらの事項のほか、有価証券の売買等に

関し必要な事項(8号)などにつき、証券取引所の業務規程において個別に定 めるものとされている。東京証券取引所の業務規程においては、売買の方式や 売買に関する制約等などについての規定が定められているものの、詐欺や錯誤 などの意思表示の瑕疵に関する規定は少なくとも直接的には定められていない。 そのため、この場合には、意思表示の瑕疵に関する民法上の規律が一応妥当す ると考えてよいと思われる。なお、この点に関し、東京証券取引所の取引参加

者規程第 23 条は、「取引参加者は、当取引所の市場における有価証券の売買等

について、一切の責めに任じなければならない。」と規定しており、この規定が

取引参加者における意思表示の瑕疵に関する民法上の保護を排除するものと解 釈される余地もある(もっとも、この規定から以上のような法的効果が導かれ

得るのかどうかに関しては、本研究会でも意見が分かれた)。

このように、一般論としては錯誤等の規定の適用可能性は排除されず、むし ろ価格や株数の書き間違えなどは典型的な表示の錯誤の一事例であるとも言え る。しかし、証券取引における誤発注の場合には、実際上は、錯誤無効の主張 が認められることは極めて困難であると考えられる。すなわち、錯誤者が主張 すべき無重過失の要件(民法 95 条但書)が満たされるのは極めて例外的な場合 に限られる。取引所の通常の取引過程を経て行われる限り、この無重過失の要 件が満たされることは想定し難い。特に、アラート画面を表示するなどの警告 措置が行われていたにもかかわらずに誤発注が行われたような場合には、錯誤 者の無重過失の要件が満たされることは考えにくい(なお、誤発注を防止する ためのシステム上の対応が何ら行われていなかったような場合には、その事前 の対応の不備自体が問題視され、やはり錯誤者の無重過失の要件が満たされる

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ことは考えにくい)。

研究会では、この点に関連して、さらに進んで、証券取引所における取引に おいては、匿名性・大量性・連鎖性を特徴とする市場取引への参加者として取 引に関与している限り、錯誤などの意思表示に関する瑕疵の主張を行わないと いうことについて、黙示の合意や慣習が存在するという考えも出された。重過 失の要件などの個別事情を問題とすることなく、そのように証券市場における 取引参加者からの錯誤主張が全面的に遮断されるものと考えられるのかどうか についてはなお検討を要する。しかし、少なくとも、重過失の要件の充足可能 性は極めて限定的なものであるに過ぎない点を考慮するならば、誤発注に関す る錯誤主張は、実際上はほとんど認められる余地はない。

第二節 悪意の相手方に対する錯誤無効の主張

民法学説上、錯誤者に重過失がある場合であっても、悪意の相手方に対して は錯誤の主張が可能であるという解釈が通説的理解となっている。しかし、取 引所市場における株式取引においては、取引の匿名性などにより、そのような 悪意の立証が実際上は極めて難しい(市場価格から懸け離れた注文が出された という事情を認識していたとしても、当然ながら、それが錯誤によるものであ

るということに関する悪意と直結するわけではない)。さらに、そもそも錯誤に

関する相手方の認識を問題とすることが構造的に困難あるいは不可能である場 合も少なくない(誤発注以前に市場に出されていた注文との間で取引が成立し

た場合など)。結局、相手方の主観的事情を考慮したとしても、錯誤者の無重過

失の要件を排除することは実際上困難であると言わざるを得ない。 第三節 錯誤無効と第三者

取引の当事者間で錯誤無効の要件が(極めて例外的に)充足された場合であ っても、そのような錯誤無効の主張を第三者に対しても行うことができるかに ついては、さらなる検討が必要である。学説上、表意者の帰責性がより軽微な 詐欺の場合でも民法 96 条 3 項によって善意の第三者に対しては詐欺取消の効果 を主張できないこととの均衡から、錯誤の場合にも、民法 96 条 3 項類推適用に よって善意の第三者に対する錯誤無効の主張が制限されると解するのが有力と

なっている(この点につき、『新版注釈民法( 3) 』464 頁〔有斐閣・2003 年〕を

参照のこと)。そのような考え方に立つと、錯誤にかかる株式に関する取引が連

鎖して善意の転得者が現れるに至った場合には、もはや錯誤無効の主張をその 転得者に対しては行うことができないことになる。したがって、証券取引にお

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いて錯誤主張の可能性が承認されたとしても、連鎖性という特徴を備える証券 取引については、その対第三者効は極めて限定的なものとならざるをえない。 第四節 錯誤と不法行為責任の関係

なお、錯誤によって売買契約の効力が否定されたときでも、不法行為責任の 成否はそれとはまた別個の問題である。錯誤無効の主張によって不法行為によ

る損害賠償責任までをも免れることはできない(『新版注釈民法( 3) 』466 頁〔有

斐閣・2003 年〕)。錯誤制度は表意者保護のための制度ではあるものの、この場

合において不法行為責任が当然に否定されるわけではない以上(また、故意ま たは重過失によって生じた責任については、免責条項等を予め定めていたとし

ても、これを免れることはできない)、この点でも錯誤制度による誤発注者の救

済には限界があることには注意が必要である。

以上のように、誤発注をめぐる諸問題の処理に関し、錯誤制度にその解決の ための役割を期待することは難しい。錯誤を初めとする意思表示の瑕疵に関す る諸制度や法律行為法それ自体が、そもそも証券市場における匿名かつ大量の 取引を前提とするものではなく、またそのような市場取引の側でも個々の意思 表示の瑕疵が問題とされないような枠組を必要としているという点も、看過し てはならない。また、前述の通りそもそも錯誤を初めとする意思表示の瑕疵に 関する諸制度は表意者保護のための制度であり、誤発注の取消に関する制度趣 旨やそこでの保護法益とは必ずしも一致しないことにも留意を要する。誤発注 の取消に関する制度は、錯誤制度とは全く異なった観点から構想されているも のであり(誤発注の取消に関する当制度は、誤発注者の保護を本来の目的とす

るものではない)、またそのような方向での取消制度の具体化が図られなければ

ならない。

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第三章 取消し

第一節 取消しの対象となる取引の範囲

約定を取り消す制度を設けるには、どのような場合に、どの範囲の約定を取 り消すのかといった点についてルールを定める必要がある。市場に対する信頼 を維持するためには、このようなルールの内容は公正なものでなければならな い。また、ルールの透明性の確保という観点からは、ルールの内容をできるだ け明確に定め、恣意的な運用を防止する必要がある。これらのことをふまえ、 以下では、まず、取消の対象とすべき取引の範囲を検討する。ここでも、つぎ のような有価証券取引の特性を考慮しなければならない。すなわち、有価証券 取引においては、取得した有価証券を転売し、あるいは有価証券の売却によっ て得た資金を他の投資に振り向けるといった連鎖取引が頻繁に行われ、また、 投資リスクを限定するために、現物株式とオプションといった複数の商品を組 み合わせて一つの取引を組成するといったことが日常的に行われている。

このような状況において、ある取引を、その成立後に取り消すと、当該取引 を基礎として行われた取引はその前提を失うこととなり、あるいは、当該取引 と組み合わせて行われた取引だけが残される結果、リスクが非常に高い取引と なってしまうといった事態が生じ得る。このような事態を避けるため、誤発注 にもとづいて成立した取引だけでなく、当該取引を基礎としてなされた取引や、 当該取引と組み合わせて行われた取引を、取消しの対象に含めることが考えら れる。

しかし、連鎖取引の形態や、取引の組合せの類型は、無限に想定されるもの であり、そのすべてを取消しの対象とすることは、事実上不可能である。いっ たん成立した取引の効力を事後的に否定することは、極めて例外的にのみ認め られるべきであり、取消しの対象となる取引の範囲は狭い方が望ましい。連鎖 取引等を行っていたことにより損害を被った場合には、後述のように損害賠償 請求の可能性が残されている。したがって、取消しの対象は、誤発注の対象と された銘柄について、誤発注が出された市場においてなされた取引に限定すべ きと考えられる。

取消しの範囲を、誤発注の対象とされた銘柄の取引に限定するとしても、取 り消される約定の数はできる限り少なくすることが望ましい。この点で、東京 証券取引所による売買停止のスキームによれば、上場株式総数の5%を超える 売買注文が出されたときには、誤発注によるものでないか確認がとられ、誤発 注の可能性が高い場合には、当該銘柄の売買が停止される。このようなスキー ムのもとでは、誤発注が市場に出されてから、売買が停止されるまでに成立し

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た約定のみを取消しの対象とすればよく、売買停止までに要する時間が短けれ ば短いほど取り消される約定の数が少なくなり、取消しの影響を限定すること が可能になる。

もっとも、このようなスキームを前提として、誤発注が出されてから売買停 止までに成立した約定のみを取消しの対象とするとしても、なお検討すべき問 題が残されている。それは、たとえばある銘柄について売りの誤発注が出され た場合に、それ以前から市場に出ていた売り注文、あるいは誤発注後に誤発注 の当事者以外から出された売り注文について約定が成立したときの、当該約定 の取扱いである。この場合、誤った売り注文について成立した約定のみを取消 しの対象とすることも考えられる。

しかし、取引所における売買は、匿名の当事者間で行われる競争売買であり、

売買の相手方の個性は問題とされない。結果的に、誤発注を出した取引参加者 が売買の相手方となったとしてもそれは偶然によるものにすぎない。そうであ れば、一定の期間内に成立した約定のうち、誤発注によるもののみが取り消さ れ、それ以外のものは取り消されないとすることは、当事者間の公平にかなう とはいえない。したがって、このような場合には、誤発注によるものか否かに かかわらず、一定の時間内に成立した約定のすべてを取消しの対象としなけれ ばならない。

なお、連鎖取引への影響に配慮して、誤発注後に成立した約定のうち、当該 取引を基礎として連鎖取引が行なわれているものについては取消しの対象とし ないことも考えられないわけではない。しかし、連鎖取引の態様はさまざまで あり、いずれの約定について連鎖取引が行なわれているかを短時間のうちに判 断することは困難である。また、前述の当事者間の公平の観点からも、一部の 約定のみを取消しの対象から除外することには問題がある。もっとも、約定の 取消し後に、取り消された取引について、相手方の事情によりやむをえない場 合に限って、個別に、取り消された約定と同一条件での取引を成立させ、いわ ば取り消された約定を復活させる制度を設けることは別途検討に値する。その ような制度を設ける場合には、復活させる約定を何らかの基準により限定する 必要が生じるが、基準を策定する際には、復活の対象とすべき約定の選定に、 恣意的な判断が入り込まないよう留意する必要があるとの意見も出された。

第二節 取消しの手続と取消権発動基準

約定取消制度によって保護すべき法益を、市場機能の維持に求めるのであれ ば、市場の運営主体である取引所に、取消権を発動するか否かを最終的に判断 する権限を付与することが望ましい。もっとも、取引所が取消権を有するとし

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ても、誤発注を出した取引参加者がまったく蚊帳の外におかれるわけではなく、 通常は、取消権の発動に至るまでに当該取引参加者との意思疎通が図られるこ とになる。

上記のスキームでは、通常、取消しの前提となる売買停止の段階で、誤発注 を出した取引参加者との連絡が取られるはずである。誤発注であることが確認 されれば、それに続いて当該取引参加者に約定取消しの意思があるか否かが確 認され、取消しの意思があれば、取消権を発動するか否かの判断に移行するこ とになる。問題は、何らかの理由により、取引参加者との連絡がとれない場合 である。そのような場合であっても、市場機能に重大な影響をおよぼすおそれ がある場合には、取引所の判断により売買停止を行うべきである。また、市場 の機能および市場に対する信頼の維持という観点からは、長時間にわたって売 買を停止することは極力避けるべきであるから、一定時間内に取引参加者と連 絡がつかない場合には、取引参加者の意思確認を経ることなく、取引所の判断 で約定を取り消すことも可能としておく必要がある。

誤発注の態様にはさまざまなものがあり、注文内容はもとより、誤発注が出

された時間帯、対象銘柄の流動性によっても、証券市場に対する影響は異なる。

さらに、上記の売買停止を前提としたスキームにおいては、できる限り短い時 間の内に、約定を取り消すか否かを判断しなければならない。それゆえ、入手 できる情報も、その分析にかけられる時間も限定されたものとなる。これらの ことをふまえると、取消権の発動については、取消権者である取引所の裁量に 委ねられる部分が生じることは避けられない。したがって、取消権発動の判断 基準については、数値を用いること等によりできる限り明確なものとしつつも、 そのような裁量のはたらく余地を残さざるを得ないと思われる。

もっとも、約定取消制度は、市場機能に対する信頼を維持するために認めら れるものであるから、取消権者の恣意的な判断により不公正な運用がされるこ とはあってはならない。また、取消権発動の判断においては、取消制度の保護 法益(本報告書第一章参照)を十分に考慮することが求められることは言うま でもない。

さらに、取消権発動の判断に際し、誤発注を出した取引参加者の意向をどの 程度考慮すべきかが問題となる。とりわけ、市場への影響が懸念される規模の 誤発注があったにもかかわらず、取引参加者が何らかの理由により約定の取消 しを望まない場合の取扱いが問題となる。この点については、取消制度の保護 法益が、公正な価格形成の維持にあることを強調すれば、取引参加者の意思に かかわらず、価格への影響のみを考慮して、約定を取り消すか否かを判断する ことになるであろう。他方、保護法益が、決済制度の維持にあることを強調す れば、取引参加者に決済に応じる意思があり、それが可能なのであれば取り消

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す必要はないこととなるであろう。もっとも、保護法益を公正な価格形成に求 めるとしても、取り消すべき誤発注が、一取引参加者の資力・能力では到底履 行に応じられない程度の規模のものに事実上限定されるのであれば、保護法益 として決済機能の維持を強調した場合と、結果にそれほど差は生じないとも考 えられる。このような立場によれば、取引参加者の資力・能力からして、その 履行が十分に見込める規模の誤発注については、当該取引参加者の意思にかか わらず、そもそも取消しの対象とならないとも考えられる。

第三節 取消しの効果

上記の判断基準に従って取消権が発動された場合、取り消しの対象として考 えられるのは、誤発注が市場に出された後、売買停止措置がとられるまでに取 引参加者の間で成立した約定、およびその間に出された顧客からの注文である。 顧客Aの売り注文を受けた証券会社甲が誤発注を出し、その誤発注と、顧客B の買い注文を受けた証券会社乙の出した注文との間で約定が成立したという場

合を例にとると、取消しの対象となるのは、まず甲乙間に成立した約定である。

約定が取り消されると甲乙間に成立した売買契約は遡及的に無効となる。 A・甲間およびB・乙間の法律関係については、本来であれば、A・Bの注 文が甲・乙を通じて市場に出され、約定が成立すると、その時点で、甲・乙は、 A・Bに対して、それぞれ売却によって得られた代金または取得した有価証券 を引き渡す義務が生じるはずである。ここで、甲乙間に成立した約定が取り消

され、遡及的に無効となると、当該約定にもとづいて発生した甲および乙のA・

Bに対する債務(取得代金あるいは有価証券の引渡し義務)も消滅することに なる。また、Bが乙に対して負っていた代金支払債務も消滅することになる。

さらに、約定の取消しが、A・Bから出された注文に及ぼす効果については、

つぎのように考えられる。まず、誤発注が市場に現れた時点で、すでに市場に 出されていた注文については、たとえ当該注文について成立した約定が取り消 された場合であっても、取消し後、売買が再開された時点では、有効に存在す るものと解される。これに対し、誤発注が市場に現れた後、売買が停止される までに出された注文(誤発注たる注文を含む)については、約定の取消しによ って、注文としても失効し、売買再開時点ではもはや存在しないものとすべき である。誤発注後に出された注文は、誤発注後の取引状況を見て出された可能 性があり、そのような注文を残しておくことが、適切でない場合があり得るか らである。この点について、研究会では、取消権の発動によって、取引所に対 する注文状況を、誤発注が出される前の状態に戻すことは、技術的に困難であ るとの意見もあった。

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また、現行制度では、取引参加者間に約定が成立した時点で、取引参加者に 生じた有価証券の引渡し債務および代金支払い債務が、債務引受けにより清算 機関に移転することとされている。取引参加者間の約定が取り消されると、そ れにもとづいて生じた債務は遡及的に消滅することになるから、清算機関によ る債務引受けも無効となり、清算機関に移転した債務も消滅することになると 解される。

第四節 取消しに関する条項を定める場所

約定取消に関するルールのうち、取消権発動の判断基準や、約定取消の効果 といった取引所と取引参加者の関係、および取引参加者間の関係を規律するも のについては、取引所の業務規程に定めることになると考えられる。他方、約 定取消が行われた場合の注文の取り扱いといった、取引参加者と顧客との間の 法律関係を規律するルールについては、受託契約準則に定めることになると考 えられる。

(16)

第四章 損害賠償に関する諸問題

第一節 損害賠償請求の可能性

誤発注を取り消すルールを導入すると、そのルールが適用された場合に、事 後的な処理をどのように行うかが問題となる。誤発注の取消しに関するルール が発動され、いったん成立した約定が取り消された場合、当該取引にかかわっ ていた者に損害が発生することがある。その場合、損害を被った者は、民事法

の一般ルールに従い、不法行為(民法 709 条)に基づく損害賠償を請求するこ

とができると考えられる。取消しがなされた場合、当該取引にかかわっていた 者は、いったん成立した約定によって手にしていたはずの地位が覆されること になるが、約定自体は有効に成立している以上、こうした地位は法的に保護さ れるべき利益に該当し、不法行為の成立要件が充足されると考えられるからで ある。この点について、研究会においては、誤発注によって形成された価格は 不適切なものであるから、そのような地位は保護されるべきものとはいえない のではないかという意見も出された。なお、損害を被った者と賠償請求の相手 方とが直接の契約関係に立つ場合――顧客が自らと契約関係にある証券会社に

対して責任を追及する場合など――には、債務不履行責任(民法 415 条)の追

及も可能である。

損害賠償の請求は、典型的には、取消しの原因となる誤発注を行った者(証 券会社)に対してなされると考えられる。さらに、取引所が行った取消しの決 定に瑕疵があると判断されるような場合には、取引所に対する賠償請求が認め られる可能性もある。

誤発注に伴う取消しによって生じ得る損害は多岐にわたると考えられる。こ こで、どのような損害が賠償されるべきかという点については、民事法の一般 ルールが適用され、不法行為(あるいは債務不履行)における賠償範囲の確定 基準が妥当すると考えられる。証券取引に関する裁判例(主として、証券の引 渡債務の不履行、顧客の委託の不執行という事例について、公表裁判例が見受

けられる)においても、賠償範囲の確定に際して、民法 416 条などの一般ルー

ルに従った判断がなされているところである。

代表的な損害としては、一定の価格において株式を取得または売却していた にもかかわらず、当該取引が取消しの対象とされたため、当該銘柄の取引の再 開後に新たに取引を行うことになった場合の差額をあげることができる。さら に、連鎖した取引がなされていた場合などには損害が拡大することになる。こ うした損害は、証券取引が相場の変動や転売を通じて利益を得ることを当然に 予定した取引形態であることからして、広く、賠償されるべき損害の範囲に含

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まれると考えられる。

もっとも、ある損害が賠償されるべき範囲に含まれるとしても、過失相殺(民

法 722 条 2 項)の適用があり得る。損害を被った者が、誤発注を知りつつまた

は知るべきであったにもかかわらず、さらに取引を行うなどして損害を拡大さ せたような場合には、損害が被害者の過失によると評価される限りにおいて、 賠償額が減額されることになる。さらに、第三章第一節において言及されてい るような、誤発注と同一条件の取引を個別に復活させる制度を導入する場合に は、当該制度を通じて損害の填補がなされる限りにおいて、賠償額が減額され ることになる。

第二節 責任排除・制限条項の規定

誤発注を理由とする取消しがなされた場合に賠償されるべき損害は広範にわ たり得ること、また、誤発注が大規模なものとなり得ることから、取引参加者

に巨額の賠償責任が発生する可能性がある。そこで、取引参加者の責任を排除・

制限する条項を定めることが考えられる。

誤発注の取消しを理由とする損害賠償請求に際しては、典型的には、誤発注 を行った者(証券会社)と損害を被った者との間には、直接の契約関係が存在 しないと考えられる。そのため、誤発注を行った者や証券取引所の賠償責任を 排除・制限するという条項を、潜在的な被害者である顧客とその顧客の証券会 社との間の契約において定めるという形態をとることになる。顧客は、第三者 に対して取得する可能性のある損害賠償請求権を一定の範囲で放棄することに なる。実際には、受託契約準則において、こうした条項を定めることになると 思われる。

このような条項は、顧客にとって重大な帰結を伴うものであることから、適 切な形で説明・周知がなされる必要がある。ここでの説明・周知は、当該条項 が契約の内容として有効に取り込まれるようにするという――契約法上の―― 観点からも、また、証券会社が説明義務違反を理由として責任を追及されない ようにするという――損害賠償法上の――観点からも、重要な意味を持つもの である。

第三節 責任排除・制限条項の有効性

つぎに、以上のような条項を定めるとして、当該条項が民事法の一般ルール に照らして有効なものであるかが問題となる。

この点について、第一に問題となるのは、誤発注を行った者(証券会社)に

(18)

故意または重過失が認められる場合である。古くより、債務者に故意・重過失 が存在する場合にも免責を認める条項は、民法 90 条によって無効であると考え

られてきた。確かに、誤発注の取消しの場合には、誤発注を行った証券会社は、

顧客との関係で契約上の債務者ではないことがほとんどであり、従来の議論に おいて想定されていた事例と完全に一致するわけではない。しかし、顧客と誤 発注を行った証券会社との間に直接の契約関係がないということだけを理由と して、故意・重過失が認められる場合にも当該証券会社を免責することの不当 性が失われるわけではない。誤発注に関する責任を排除・制限する条項を、顧 客と証券会社の契約において定めたとしても、少なくとも故意・重過失免責の 部分については、無効と判断されることになると考えられる。

さらに、顧客が個人投資家などである場合には、消費者契約法が適用される ことがある。具体的には、債務者の故意・重過失による不法行為責任を免責す

る条項を無効とする、同法 8 条 4 項の適用が問題となる。しかし、先述のよう

に、誤発注を行った者と被害を受けた顧客との間には直接の契約関係がないと 考えられる。そのため、不法行為を行った者は、被害者との関係で契約上の債

務を負っているわけではなく、当該不法行為は、「事業者の債務の履行に際して

された当該事業者の不法行為」に該当せず、同項の要件が充足されないと判断

されることになると思われる。もっとも、同項の規律対象が、「債務の履行に際

してされた」不法行為に限定されているのは、債務の履行とは無関係になされ る不法行為について責任を排除・制限する条項が定められるという事態が想定 しがたいからである。消費者契約法がそうした条項の不当性を否定しているわ けでも、積極的に内容規制の対象から外そうと考えているわけでもない。こう した趣旨に照らすならば、同項の適用の有無については議論の余地があるとこ ろであり、その趣旨を十分に考慮した形で条項を定めることが望ましいと思わ れる。

以上を要するに、消費者契約法の適用については問題があるが、いずれにし ても、誤発注が故意または重過失によると判断された場合には、契約の内容規 制に関する一般ルールによって、誤発注を行った者(証券会社)は、損害を被

った者に対して、責任排除・制限条項に基づく免責を主張しえないことになる。

(19)

むすびに代えて

証券取引における誤発注は、証券界で新しく生じた問題ではない(金融庁の 調べで、証券会社による誤発注の実態が明らかにされた。これによると、2005 年で総計1万 4318 件の誤発注が発生し、このうち、667 件は、誤発注による売 買代金が1億円を超えるものであった(金融庁「株式等の売買発注管理に係る

一斉点検等の結果について」(2006 年 3 月 15 日)。

もっとも、ジェイコム株式の誤発注を契機として、各自主規制機関による未

然防止体制が整備されるに至った。その結果、決済機能を麻痺させ、あるいは、

公正な価格形成を歪める大規模な誤発注の大部分は発生しないはずである。 集団的取引を可能にする証券市場で、有効な約定の効果を否定し、誤発注者 とは無関係の投資者に不利益を与える方策は、例外と位置づけされなければな らない。したがって、本研究会での検討対象は、きわめて稀な場面に適用され るはずのものである。本研究会では、このような前提で議論を行った。大規模 誤発注が、引き続き、頻繁に生じるような状況では、本研究会の結論も異なり 得る。

最後に、研究会では、実務家にオブザーバーとしてご参加いただき、実務・ 理論の両面から議論を行った。また、東京大学の神田秀樹教授をゲストとして お招きし、貴重なご意見を賜った。これらの方々にここに記して御礼を申し上 げる。もっとも、本報告書の文責は委員によるものであることは言うまでもな い。

参照

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